ご覧になるには「Windows Media Player」が必要です。
(Windows Media Player 9以上でご覧いただけます)
「Windows Media Player」がインストー
ルされていない場合は、左のボタンより
ダウンロードの上ご利用ください。

しばた台輪の起源は享保11年(1726年)に遡ることができます。時の新発田藩主6代溝口直治公が、諏訪神社祭礼にあたり「賑わい」として「飾り人形の屋台を出すように」とのおふれを出されたことが始まりといわれています。本体は長さ約五メートル、高さ約四メートル、幅約三メートルの御殿風二階造りで、樫や欅、桐などを主材料とした三輪の構造となっています。「見送り」(二階後部)「勾欄」(手摺)などには彫刻が施され、朱漆塗り、金箔仕上げと絢爛豪華に装飾されており、二階には飾り人形をしつらえています。現存する六台は各町内で保存されており「上町台輪」、「四ノ町台輪」、「両町台輪」、「下町台輪、」「三ノ町台輪」は格納庫の外からとなりますが通年観覧することができます。

しばた台輪の特色は、他地方の屋台、山車の粛々とした曳き廻しと比較して、前輪を持ち上げては下ろす、いわゆる「あおり」動作を繰り返し、各台輪の勢いを競うところにあります。最近おこなった分解調査の結果、六台それぞれに激しい動きに耐えられるよう工夫されていることが科学的にも立証され、あらためて先人の「匠の技」の素晴らしさに驚かされます。

8月27日諏訪祭礼の初日、初秋の清々しい早朝各町内を出発した台輪は、二台三台と合流し、午前七時を過ぎるころ諏訪神社神門前に六台が勢揃いし、「木遣り」と「あおり」を披露し、一台ずつ境内に入れ込み「奉納」されます。境内では六台揃って展示され、まぢかに見学できる年に一度の機会となります。

祭礼最終日の8月29日午後4時ころ各町内の役員や若衆が揃いの法被姿で続々と境内に集まってきます。いよいよまつりの最大行事「帰り台輪」の始まりです。多数の提灯に灯が入り、午後6時ころから一台ずつ神社境内を出発します。

台輪は町内(組)によって運行されます。町内会長や保存会長などの役員のほか、運行を指揮する「頭取」「副頭取」「小頭(こがしら)」「取締」「お囃子方」「曳き子」などの役割分担があり、一台あたり約百人が関わります。境内を出るとお囃子が急調子に変わり、頭取の木遣りが冴え渡るのを合図に、あちこちで、勢を競ってぶつかりあう「もみあい」がはじまります。六台の台輪が町の中心部で再び勢揃いし「一斉あおり」するころ最高潮となり、その後名残りを惜しみつつ各町内への帰途につきます。まつりの華「しばた台輪」をぜひご覧ください。

 
しばた台輪一覧表
旧町名 組名 所有者 寸法(m)
重量(t)
見送り彫刻 飾り人形 備考
上 町 一番組 上町町内会
長 5.375
幅 2.796
高 3.920
重 1.477
鳳凰に桐 布袋と唐子二体 江戸期
下 町 わ 組 下町町内会
長 5.502
幅 2.785
高 3.830
重 1.559
鳳凰に桐 西王母と唐子二体 江戸期
両 町 両町組 両町町内会
長 5.362
幅 2.850
高 3.901
重 1.560
牡丹に唐獅子 義経と従者
(焼失前:五福人)
江戸期
三ノ町 い 組 三之町町内会
長 5.412
幅 2.862
高 3.911
重 1.566
波に亀 漢文帝と薄太后他一体
(二十四孝)
江戸期
四ノ町 し 組 四之町町内会
長 5.320
幅 2.854
高 4.080
重 1.798
神功皇后と武内宿禰 江戸期
泉 町 泉 組 泉町台輪保存会
長 5.357
幅 2.852
高 3.893
重 1.630
三羽鶴 老采子と父母
(二十四孝)
明治期
(平成13〜15年度「ふるさと文化再興事業」しばた台輪部材の記録 調査実績より)
祭り・イベント
城下町新発田まつり
もどる